研 究

 分子生物情報学教育研究分野では、ゲノム解析や遺伝子・タンパク質の発現解析、タンパク質の構造と機能解析、タンパク質分子の構造安定性、微生物増殖に伴う発熱過程の測定といった分子生物学や生物物理化学的なアプローチとインフォマティクスを組み合わせることで、高次の生命現象を理解するための教育研究を行います。さらに、これらの情報を利活用し、合成生物学的な手法による新規機能を持つ微生物の創製や計測装置の開発を行うことで、環境、化学、エネルギー、食品分野への産業応用を目指した教育研究を行っています。

海洋バイオマスからの希少糖の生産

 日本の国土面積は世界第60位ですが、領海と排他的経済水域を合わせると世界第6位と日本は広大な海洋面積を持っており、海洋バイオマスの利活用が注目されています。海洋バイオマスの約70%を褐藻類が占めており、褐藻類の20~40%はアルギン酸が含まれています。我々は三重大学海藻バイオリファイナリー研究センターを設置し、東京農工大学と共同でいくつかのアルギン酸分解酵素を用いてアルギン酸由来のモノウロン酸である4-Deoxy-L-erythro-5-hexoseulose uronic acid(DEH)を効率よく生産する方法を開発しました。海藻由来の希少糖としてはDEHは初めての例であり、機能性食品や化粧品への添加物、医薬品や化成品の原料としての利用が期待されています。

生物資源学部HPの学生インタビューに研究内容について詳細に記載されています。

アルギン酸リアーゼを用いたDEHの生産

酵素複合体「セルロソーム」に関する研究と新しい微生物の創製

 バイオマスは、生物由来の有機資源であり、生命と太陽エネルギーがある限り持続的に再生可能な資源です。さらにバイオマスには、大気中の二酸化炭素を増加させない「カーボンニュートラル」と呼ばれる特性があります。化石燃料や化成品の原料をバイオマスから生産された燃料や物質に代替すること(バイオリファイナリー、もしくはホワイトバイオテクノロジー)により、地球温暖化を引き起こす二酸化炭素の排出削減に貢献することができます。 

 我々は、稲わらなどのバイオマスを直接分解することができるクロストリジウム・セルロボランスに注目し研究を行っています。クロストリジウム・セルロボランスは「セルロソーム」と呼ばれる酵素複合体と多数の分泌型の酵素を発現するすることでバイオマスに含まれる多糖を効率良く分解することがこれまでの研究で明らかになりました。当研究室では、クロストリジウム・セルロボランスが生産する糖質分解酵素に注目し、遺伝子工学、分子生物学、物理化学的手法を用いて、分子・原子レベルでこれら酵素やセルロソームの構造と機能に関する研究を行っています。また、クロストリジウム・ベイジェリンキは、糖を代謝してガソリンと同じくらいのエネルギーを持つ「ブタノール」を作ることができますが、バイオマスを分解して糖にすることはできません。そこで、クロストリジウム・セルロボランスのセルロソームをクロストリジウム・ベイジェリンキに組み込むことで、未利用のバイオマスから直接ブタノールを作ることができる新しい微生物を作っています。

新しいブタノール生産菌の創製
 

デンプン分解酵素(アミラーゼ)の構造と機能に関する研究

 β-アミラーゼは、水飴の製造やデンプン加工食品の老化(硬化)防止のため利用されています。β-アミラーゼは、デンプンの非還元性末端からマルトース(麦芽糖)単位でα-1,4グリコシド結合を逐次分解するエキソ型の酵素であり、生成物はβ-アノマーのマルトースを生成します。多くのアミラーゼがα-アミラーゼと一次構造や機能の上で類似性を持つのにたいし、β-アミラーゼはα-アミラーゼとそのような類似性がなく、アミラーゼの中で独自の位置を占めています。 近年、いくつかの植物および微生物由来のβ-アミラーゼの構造が明らかになり、その触媒メカニズムは、グルコアミラーゼと同様に反転型(inverting)酵素であるが、詳細なメカニズムは分かっていません。そこでX線結晶構造解析および反応速度論的解析を駆使することでβ-アミラーゼの詳細な触媒メカニズムの解明を目的とし研究を行っています。グルコアミラーゼは、β-アミラーゼと同じく反転型の酵素であり、デンプンの非還元末端から加水分解することでグルコースを生成します。

 グルコアミラーゼは、触媒ドメインとデンプン結合ドメイン(SBD)の二つの部分から構成されています。触媒ドメインが「口や歯」に相当するとすれば、デンプン結合ドメインは「手」に相当します。手が食べ物をつかみ、口に運び、歯でかみ砕きます。デンプン結合ドメイン自体にデンプン分解能はありませんが、デンプン結合ドメインがあることで大変効率的に分解が進みます。またこのデンプン結合ドメインには、デンプンを「ほぐす」機能があるとも言われています。このデンプン結合ドメインは大変面白いことに、高温ではふつうのタンパク質と同じように変性しますが、温度を下げてやると、形状記憶合金のように、また元の構造を回復します。そのカギを握っているのは何か。そこで、このデンプン結合ドメインだけを(本体から切り離して)遺伝子工学的な方法で調製すると共に、様々なアミノ酸置換を行った変異型タンパク質を調製し、それらの熱変性や基質との結合を高感度熱量計で測定することにより、どのような要因でこのドメインが安定であるのか、基質を捕まえる機能はどの部分や構造にあるのか、を探っています。

グルコアミラーゼのSBD
X線結晶構造解析によるSBDの電子密度
SBDのDSC曲線
SBDとβシクロデキストリンのITC測定と結合等温線

 

熱測定法による環境微生物の微生物活性および増殖過程の評価

 環境微生物の多くは難培養微生物であり、分離培養が困難な微生物です。それ故、土壌に含まれる微生物の活性を直接評価する手法があれば、農作物の土壌の改善や津波などの塩害による土壌回復の評価などに応用することが可能になります。当研究室では、土壌微生物や食品腐敗による炭素源の資化過程を熱測定することにより、発熱が終了する時間や増殖速度が最大に達する時間などから微生物の増殖がどの程度活発に進行しているかを把握することができます。この分野における多くの手法は微生物を培養しなければなりませんが、微生物熱測定法では培養する必要はなく、培養困難微生物の活性も評価することができ、土壌微生物学や食品微生物学への応用が期待されています。

 また、分離培養可能な微生物は好気性菌と嫌気性菌に分けることができ、嫌気性菌は通常好気条件下では増殖することはできません。従って増殖過程を測定するためには嫌気条件を保ったままか、もしくは嫌気条件下で一部を取り出して菌体量を測定する必要があります。しかし、これには一般に煩雑な作業を必要とします。また、嫌気性菌の中には凝集する菌も存在し、一般的な光学密度(OD)を使って菌体量を見積もることは困難です。そこで微生物の発熱量を微生物熱測定法で測定することで、非破壊的に増殖過程を測定することができます。現在、この技術を応用し、様々な微生物を簡便に増殖過程を測定することができる装置開発を行っています。

微生物熱測定の内部
塩共存下での土壌の資化過程の熱測定
様々な植菌量に対するサーモグラムの変化
凝集特性を示す嫌気性菌のサーモグラム、ATP濃度、ODの関係